【後方視研究】RSV感染児に対する呼吸補助の必要性に関する評価スコアリング

"Utility of the Global Respiratory Severity Score for predicting the need for respiratory support in infants with respiratory syncytial virus infection"
"RSV感染乳児における呼吸補助の必要性を予測するためのGlobal Respiratory Severity Score(GRSS)の有用性についての検討"
PLOS ONE. 2021 Jul 1;16(7):e0253532.
Jun Kubota ,Daishi Hirano, Shiro Okabe, et al.
以下、文献へのリンクです
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※今回より少し形式を変更してみました。


■この論文を端的に言うと

・RSウイルス感染症は乳児の感染症の中でも呼吸補助など集中治療管理を必要とするリスクの高い疾患です。

・前回の" 【後方視研究】RSウイルス感染に対するLTRAの有用性 "でも用いられていた、"GRSS"という2017年に報告された、10カ月未満のRS感染児に特化した全身状態のスコアリングシステムを、日本の単施設で実際に後方視的に検討してみた、という報告です。

cut off 4.52で、上回れば呼吸補助を要する状態である可能性が高い、という結果でした。

・10ヶ月未満のRS感染児の呼吸補助の必要性を判断する上で臨床的に有用であると考えられました。

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■所感
 GRSSについてですが、AsPIRES Study - RSV Global Respiratory Severity Score (rochester.edu)でオンラインで計算することができます。

 (詳細な計算式については、元論文をたどるとかなり複雑な計算式だったので割愛しますが、)これを利用して架空の症例を当てはめてみると、例えば...

①生後2か月、SpO2 92%(室内気)、呼吸数40回/分、全身状態は良好、wheezesあり、ラ音無し、陥没呼吸無し、チアノーゼ無し、活気低下無し、エア入りは不良
 → GRSS 2.158点

②生後6か月、SpO2 93%(室内気)、呼吸数55回/分、全身状態は不良(軽度)wheezesあり、ラ音無し、陥没呼吸有り、啼泣時チアノーゼ無し、活気低下無し、エア入りは不良
 → GRSS 4.593点

③生後4か月、SpO2 88%(室内気)、呼吸数80回/分、全身状態は不良(中等度)wheezesあり、ラ音無し、陥没呼吸有り、啼泣時チアノーゼ有り活気低下有りエア入りは不良
 → GRSS 7.946点

 この報告ではcut off 4.52とされているので、①は酸素・加湿くらいで様子を見れそうだなーとか、③はさすがに呼吸補助がいるだろうし、HFNCでは厳しそう、n-CPAPくらいは必要だろう、とか、②は酸素投与くらいで様子を見れるか悩むところ、とか、確かに実際に則している気がします。

 ある程度経験を積んだ小児科医であれば、普段はGRSSのスコア項目に含まれるような所見を意図せず評価して呼吸補助の必要性を判断していると思いますが、教育・指導の場で役立てたり、数値化することで客観的に状態を共有できたりすることは重要なことですし、臨床研究における評価手法としても有用であると考えられます。

 RS感染に対する呼吸補助の開始基準は、本来どの施設でも同じであるのが理想的ですが、残念ながらマンパワー・設備などリソースの差や、小児科医の経験の差など、施設や地域ごとに大なり小なり差異があるのが実情かと感じます。
 この報告は単施設での研究なので、"この施設ではこういう子に呼吸補助をしている"、というカットオフにしかなりませんが、今後全国的に統一された指標の確立へ一石を投じる形になれば、未来の子どもたちにとっては大きなメリットですね。

 また、項目として哺乳不良・脱水や不隠、努力呼吸の程度に段階が無いなど、もう少し気になるポイントはありますが、そもそも開発の際に、より重要視すべき要素が抽出されているようです。
 あまり項目が多かったり細かすぎても煩雑で簡便な指標にはなりませんし、後方視的にもたどりやすい項目ばかりなので、臨床での実用に適しているといったところでしょうか。

 興味のある方はぜひ下記全文や、引用元論文も参照してみてください。

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■論文本文
INTRDUCTION>>
 RSウイルス(RSV)感染は、軽症から人工呼吸器によるサポートを必要とする重症まで幅広い。ほとんどの児が2歳になるまでに少なくとも1回はRSVに感染し、乳幼児では入院率は最大で20%に達する。特異的な治療やワクチンはなく、対症療法が主であるため、RSV感染症の治療において、患児が呼吸補助を必要とするかどうかを判断することが重要である。

 2017年、RSV感染症での入院の必要性を評価するために特化されたスコアリングシステムとして、Global Respiratory Severity Score(GRSS)が開発された。GRSSは、生後10カ月未満の乳児の年齢別の呼吸数など系統的なパラメータと、呼吸症状のパラメータの両方を含み、経過に伴う全体的な重症度を評価できる。

 他に、Wangらが開発した気管支炎重症度スコア(WBSS)が、約30年前から下気道感染症のスコアリングシステムとして認知されてきた。RSV感染に特化したシステムではないが、小児で最も一般的に使用されているスコアリングの1つであり、過去の研究でも多数使用されている。

 本研究の目的は、GRSSをRSV感染症の児に呼吸補助を行う際の意思決定の指標とするために、GRSSとWBSSを比較し妥当性と臨床的有用性を評価することであった。

METHOD>>
 施設:厚木市立病院(神奈川)における後方視的研究
 期間:2012年1月1日~2019年12月31日の8年間
 対象:RSV感染症のため小児科に入院した10カ月未満の患者
     (CasertaらによるGRSSの開発の際に、10カ月未満の患者が対象であったため)

 日本では、2012年から2019年にかけてRSV感染症は1.4倍に増加し、特に冬季の症例が多かった。

 RSV感染の診断は迅速抗原検査で行った。
●除外基準:(Casertaらが使用した除外基準と同様)
 在胎週数36週未満無呼吸のみの入院適応慢性誤嚥・先天性心疾患・免疫抑制・悪性腫瘍・神経疾患などのリスクの高い基礎疾患を有するパリビズマブ予防投与の適応NICUへの入院歴喘息ステロイドによる治療歴GRSS算出に必要な基本情報の欠如

→ 喘鳴の既往やステロイド治療歴のある児を除外したのは、喉頭軟化症、胃食道逆流症、喘息などの基礎疾患を持たず、RSV感染単独による症状であることを確認するため

 呼吸補助(high flow Nasal cannula、nasal-CPAP、人工呼吸器)の開始は、多呼吸、喘鳴の有無、聴診上のラ音、努力呼吸、静脈血ガス分析での呼吸性アシドーシスなどの臨床症状により、小児科医が判断した。

・研究デザイン
 後方視コホート研究で、対象となった患児の電子カルテの記録をレビューした。
 主要予測因子GRSSWBSS
 主要評価項目呼吸補助の必要性

 GRSSとWBSSの評価項目は下記表のとおり。
 GRSS:10の評価項目をオンラインのシミュレーター(https://rprc.urmc.rochester.edu/app/AsPIRES/RSV-GRSS/)へ入力し算出
 WBSS:4つの項目で評価


 いずれのスコアリングシステムも、スコアが高いほどより重症であることを示していた。
 GRSSとWBSSは、その日のうち最も悪い状態を評価対象として計算したが、各スコアの算出には同じ状態を用いた。
 対象者を呼吸補助の有無により2群に分け、GRSSとWBSSは、呼吸補助の必要性を評価した時点での患者の状態に基づき算出された。
 呼吸補助を受けなかった児では、両スコアは入院中の最も悪い状態で計算された。
 病日数は、現症(鼻汁、咳、喘鳴、発熱、活気不良)の発症を初日として算出した。

統計解析
 連続変数は中央値および四分位範囲(IQR)で表し、カテゴリー変数は度数で表した。2群間の比較は、連続変数についてはMann-Whitney U検定、カテゴリー変数についてはカイ二乗またはFisherの正確確率検定を用いて行われた。
 まず、GRSSとWBSSを二分するための最適なカットオフ値を、ROC曲線に基づくYouden index([感度-(1-特異度)]の最大値)を用いて決定した。
 次に、GRSSとWBSSが算出された最適カットオフ値を超えているかどうかにより、呼吸補助を行った群と行わなかった群を比較した。
 最後に、RSV感染児が呼吸補助を必要とするかどうかの指標として、どちらのスコアがより有用であるかをDCA(決定曲線解析)により評価した。

RESULT>>
患者背景
 期間中にRSV感染症で入院した生後10カ月未満の児は366名で、うち250人(68.3%)が適合基準を満たした。
 除外(116人)理由: ステロイドによる治療(n=33)、喘鳴の既往(n=31)、医療記録の不備(n=12)、在胎36週未満(n=10)、在胎週数不明(n=8)、先天性心疾患(n=8)、NICUへの入院歴(n=6)、喘息(n=2)、免疫抑制(n=1)、神経筋疾患(n=1)、先天性梅毒(n=1)、その他(n=3)

 表2:対象となった児と両群の特徴
 年齢中央値は2.9ヶ月 [IQR:1.6-5.7ヶ月] で、54.0%が男児であった。
 26例(10.4%)が呼吸補助を受け、224例(89.6%)は呼吸補助を行わなかった
 呼吸補助開始時、最もスコアが悪かった病日の中央値は両群とも5日目であった(P = 0.13)。
 呼吸補助を要した児の月齢中央値は、呼吸補助を使用しなかった児よりも有意に低かった[1.9(1.0-32.)か月 vs 3.1(1.7-5.8)か月, P = 0.005]。
 呼吸補助を要した児のGRSSとWBSSの中央値は、使用しなかった児よりも有意に高かった[GRSS 4.86(3.67-6.10) vs 2.79(1.91-3.83), P < 0.001、WBSS 8(7-9) vs 6(5-7),P < 0.001]。
 他の変数はいずれも群間で有意な差はなかった。(S1 database)

GRSSとWBSSのカットオフ
 GRSSとWBSSのAUCは、それぞれ0.875と0.821であった(図1)。ROC曲線解析に基づいたスコアの最適なカットオフは、GRSSで4.52、WBSSで7であった。
 このカットオフ値で、呼吸補助を要するかどうかを予測する特異度は、GRSSが90%、WBSSが60%であった(表3)。

GRSSとWBSSを用いた呼吸補助の必要性の予測に関するDCA
 図2は、カットオフ値をそれぞれ4.52と7としたGRSSとWBSSを用いて、呼吸補助の必要性を予測したDCAである。
 呼吸補助が必要となる確率が10~40%の場合、GRSSはWBSSよりも優れた予測因子であった。
 逆に、呼吸補助装置を開始する確率が10%未満の場合は、WBSSの方がGRSSよりも良い予測因子となった。

DISCUSSION>>
 GRSSは、RSV感染症の児の呼吸補助の必要性を臨床医が正確に予測するために有用なツールである可能性が示唆された。
 呼吸補助の必要性を予測するためのGRSSの最適なカットオフは4.52であった。

 図2のDCAによれば、GRSSはWBSSよりも臨床現場における呼吸補助の必要性を予測する指標として有用であると考えることができる。
 この結果は、3つの理由が予想される。
 まず、米国小児科学会は、気管支炎の乳児で酸素飽和度<90%の場合に酸素投与を推奨している。さらに、酸素飽和度は、入院中の気管支炎の児における陽圧換気と集中治療の必要性の最も重要な予測因子であることが示されている。したがって、RSV感染症の重症度を評価するスコアリングシステムには、WBSSには含まれず、GRSSでは含まれている酸素飽和度を含めるべきである。
 第二に、小児では呼吸数の正常値は年齢によって異なる。例えば、呼吸数の中央値、10パーセンタイル、90パーセンタイルは、0~3ヶ月の乳児では41、30、56回/分であるのに対し、18~24ヶ月の小児では29、21、40回/分である。2歳未満の小児で呼吸数を4つに分類するWBSSは、こうした呼吸生理の月齢による変化に適応していないのに対し、GRSSは年齢に応じて調整した呼吸数で評価することができる。
 第三に、GRSSはWBSSに比べ、ラ音、チアノーゼ、エア入りの3つのパラメータを追加しているため、より包括的に呼吸状態を評価することができる。
 以上のことより、WBSSと比較して、GRSSがRSV感染の重症度をより正確に測定することが理解できる。

 図2において、純利益は呼吸補助を開始することによる利益を表し、閾値確率は呼吸補助を開始する確率を表している。
 黄線は、両方のスコアに関係なく、すべての患者に対して呼吸補助を開始すべきことを示す。
 赤線と青線は、それぞれGRSSまたはWBSSに基づいて呼吸サポートを開始すべきことを示す。
 各閾値確率(呼吸補助を開始する確率)において、どの線が最も高い純利益を示すかを検証することができる。
 全国データの分析では、2004年から2013年の間にRSV感染症で入院した2歳未満の小児の平均17.6%が呼吸補助を必要としていた。
 多施設共同前方視観察研究では、呼吸補助を必要とした2歳未満の気管支炎の小児の割合の中央値は15~26%で、そのうち、70%はRSV感染症であった。
 呼吸補助が必要となる確率が10~40%の場合、GRSSはWBSSよりも優れた予測因子である、とすることも、他の研究からのエビデンスに則している。

 2000年から2016年にかけて、気管支炎による入院率は全体的に低下しているにもかかわらず、2歳未満の気管支炎の子どもでは、人工呼吸器の使用と病院への費用負担が大幅に増加した。
 したがって、RSV感染症の児の呼吸補助開始を決定するにあたり、特異度 90%、および陰性的中率 96%であるGRSSを時系列的に使用することは、不必要な治療の負担を減らし、医療費を節約することができる。

Limitation
・GRSSは生後10カ月未満の乳児に使用するものであるため、年長児に対する指標には用いることはできない点。
 生後5カ月未満の児は5か月以上の児と比べ、RSV感染症による入院率は約2~5倍高いとされる。また、呼吸補助を要する児は、呼吸補助を使用しなかった児に比べ、有意に低年齢であった。
 以上のことから、GRSSの年齢による制限は大きな制限にはならないと考えられる。

・単一施設での研究である点。

・RSV感染症による入院と呼吸補助の開始は、臨床所見に基づき小児科医により主観的に判断された点。
 研究期間中の小児科医の異動や交代は限られていたため、研究期間中に入院と呼吸補助開始の判断基準が変わった可能性は低いと思われる。

・迅速抗原検査は症状や流行状況に基づいて実施され、入院時に生後10カ月未満のすべての児に検査が実施されたわけではない点

・PCR検査よりも感度・特異度が低い迅速抗原検査が用いられた点。
 診断精度は臨床現場においては十分であると判断した。

・後方視的研究であるため、GRSSとWBSSは当日の最も悪い状態を選択して評価した点。
 しかし、実際の臨床現場での診察時の状態を用いて評価している。

これらの限界に対処するため、多施設共同研究において、診察時の所見を用いて都度GRSSをスコア化し評価する必要がある。

CONCLUSION>>
 GRSSは、RSV感染症の10ヶ月未満の児の呼吸補助の必要性を判断する上で臨床的に有用であると考えられた。
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 *記載内容に関してはあくまでも個人の解釈、意見の範疇ですので参考程度に捉えてください。

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