【後方視研究】肥厚性幽門狭窄症に対するアトロピン療法不成功リスク

"Risk factors for unsuccessful atropine therapy in hypertrophic pyloric stenosis"
"肥厚性幽門狭窄症に対するアトロピン療法の不成功のリスク因子"
Pediatrics International. 2019 Nov;61(11):1151-1154. 
Sachie Ono, Ayako Takenouchi, Keita Terui, Hideo Yoshida, Elena Terui.
以下、文献へのリンクです。
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INTRDUCTION >>
 長年、乳児肥厚性幽門狭窄症(IHPS)に対する標準治療として、高い成功率や関連合併症のリスクの低さから幽門筋切開術が選択されてきた。しかし、乳児に対する手術や全身麻酔によるリスクの懸念があり、また、小児外科専門医が常にいるわけではない。特に日本において近年内科治療の選択肢として硫酸アトロピンが再評価されてきた

 Wuらによるメタアナリシスでは、アトロピン静注(IA)後にアトロピン経口投与を受けたIHPS患者の84%が寛解し、アトロピンによる内科治療は幽門筋切開に代わる良い選択肢であると結論付けている。

 しかし、IA療法は、幽門筋切開と比較して成功率が低く、治療期間が長いという2つの大きな欠点があり、IA療法が不成功となり結果的に手術が必要になったときに悪影響を及ぼす可能性がある。IA療法を十分に評価するためには、IA療法の結果を予測することが重要である。これまでIA療法に良好な反応を示すであろう患者を評価した研究はほとんどない。そこで、今回の後方視研究の目的は、IHPSにおけるIA療法不成功の危険因子を、単施設のカルテによる検討で明らかにすることとした。

 METHOD >>
対象
 2002年4月から2016年3月までに君津中央病院でIHPSと診断された計56名の患者を後方視的に検討した。”繰り返す非胆汁性嘔吐”+”超音波検査で(i)幽門筋厚≧4mm;(ii)幽門筋厚≧3mmの反復性の噴水状嘔吐”を満たす際にIHPSの診断とした。必要であれば、腹部レントゲン検査を実施した。IHPSの診断後、IA療法と外科的治療の両方を保護者へ説明し、拒否が無ければIA療法を第一選択とした。年齢、性別、出生体重、妊娠期間、入院前の症状期間、来院時の臨床所見、検査データ、超音波検査結果、入院期間について後方視的に分析した。

アトロピン静注療法(IA)
 全例に維持輸液を行い、必要に応じて脱水や代謝性アルカローシスの補正を行い、入院当日は絶飲食とした。嘔吐が続く場合は経鼻胃管を留置した。IAは心拍数、血圧、全身状態を注意深く観察しながら、0.1mg/kg/dayを8回に分割して投与した。IA投与2日目に経鼻胃管を抜去し、IA10分後に母乳またはミルク20mLから経口栄養を開始した。
 その後、150 mL/kg/dayに達するまで20 mLずつ徐々に増量し、IAは硫酸アトロピン0.2 mg/kg/dayとして授乳30分前、1日8回経口投与に切り替えた。十分にミルクを摂取でき、アトロピン経口投与を継続して嘔吐が無ければ退院とした。経口アトロピン療法は外来で少なくとも2週間継続し、その後アトロピンの投与量を漸減した。
 IA療法が不成功と判断された場合、保護者に手術療法を提示し、保護者のインフォームドコンセントを得た上で幽門筋切除術を実施した。
<定義>
治療不成功1日3回以上の噴水状嘔吐があること、または十分量のミルクを摂取できないこと
治療成功:IAを終了し、十分量ミルクを摂取でき、アトロピン内服を継続し退院した場合

群間評価
 臨床因子と患者特性を単変量解析で成功群と不成功群の2群で比較した。単変量解析で有意差のあった因子について多変量解析を行い、有意な因子を決定した。多変量解析では、連続値を中央値(四捨五入)または臨床現場で広く使用されている値で2群に分けた。

統計解析
 データは、平均値±SEまたは中央値(範囲)で表した。単変量解析の値の比較には、Studentのt検定、Welchのt検定、またはMann-WhitneyのU検定を使用した。P < 0.05は統計的に有意とみなした。多変量解析については、P<0.05で統計的に有意であり、他の因子との相関が弱い(r<0.7)因子について、多重ロジスティック回帰分析を行った。

RESULT >>
 IHPS患者計56例中、幽門筋切開術を選択された8例を除いた48例を評価した。
 33例(69%)がIA療法に成功し、アトロピン内服を継続し退院した(成功群)。静注および経口のアトロピン投与期間はそれぞれ5.3±1.2日および37.6±28.9日であった。
 不成功群は15例(31%)でその後幽門筋切開術を行った。不成功群のIA療法の期間は2.9±2.2日であった。成功群と不成功群の入院期間は、有意差はなかった(8.3±1.7 vs 9.0±2.9, P = 0.5)。

表1:両群間比較
 成功群と不成功群の出生体重、母の妊娠年齢、発症年齢には有意な差はなかった。
 不成功群は成功群よりも、入院前の有症状期間が短く(8.7 ± 7.4 日 vs 18.1 ± 16.3 日、P = 0.04) 、診断時の日齢が若く(30.9 ± 11.8 日 vs 50.1 ± 18.8 日、P < 0.001)、診断時の体重が軽く、( 3,388 ± 667 g vs 4,201 ± 867 g、P = 0.002 )、入院時のB.E.が高かった(8.3 ± 6.4 vs 2.1 ± 6.2, P = 0.005)。
 その他の臨床検査値および超音波検査値は、両群間で有意な差はなかった。

 多変量解析は、単変量解析で統計的に有意であった因子を用いて行った(表2)。多変量解析では、診断時日齢30日未満であることがIA不成功の唯一の有意な危険因子であった(OR, 5.7; 95%CI: 1.1-34.7; P = 0.03).

 IA治療中、3例に軽度の副作用(軽度の顔面紅潮)が認められたが、無治療で自然に軽快した。

 DISCUSSION >>
 IA療法の最大の欠点は、幽門筋切開術に比べ成功率が低いことである。多変量解析では、診断時の年齢が30日未満であることが、IA療法不成功を予測する唯一の因子であった。このことは、IA療法をIHPS児に適用する際に考慮すべきである。

 IA療法を開始する際に、IA療法が長期化すると嘔吐が持続し十分量のミルクを摂取できない状態が続き、全身状態や栄養状態が悪化する恐れがあるため、IA療法の期間を不必要に長くしない、という治療方針を設定した。IA療法の限界を試すのではなく、幽門筋切開術の代替手段としてのIA療法の可能性を評価することが目的であった。今回のプロトコールではあらかじめ治療期間を定めていないが、1日3回以上の噴水状嘔吐が認められた場合はIA療法を中止した。このことが、不成功例におけるIA療法の早期中止と治療期間の短縮を招いたと考えられる。治療期間が短すぎてIA療法の有効性を判断できていない可能性もあるが、IA療法開始後すぐに嘔吐が止まった例も一定数おり、これらの患者にはIA療法が本当に有効なのかもしれない。

 IHPSの病態については、分子生物学的研究から、平滑筋細胞の神経支配の異常と結論付けられている。幽門筋生検標本における神経細胞接着分子陽性神経線維の研究から、IHPSの神経支配異常は年齢に依存し、年齢による神経支配の正常化は筋肥大の正常化に先行することが示唆されている。さらに、IHPS児と死産児の幽門筋標本の観察から、IHPSにおける幽門筋の構造的未熟さが年代的に改善することが示唆された。以上のことから、幽門筋の興奮性エフェクターであるコリン作動性神経に対する抑制剤として作用するアトロピンに対する反応性は、年齢による神経の欠損が影響していると考えられる。

 IA療法の不成功を予測する危険因子について言及した報告はほとんどない。
 Kawaharaらは、受診時の体重のみがIA療法不成功のリスクファクターであることを示している。本研究の最も明らかな違いは、アウトカムの定義である。KawaharaらのIA不成功の定義は、1週間で目標量の半量、または2週間で全量を摂取できないことであった。これは、少なくとも7日間はIA療法の継続を要することを意味している。したがって、Kawaharaらの研究ではIA不成功群の平均治療期間は7日間であったが、本研究ではIA療法の期限を制限せず、患児の症状を優先したため3日間であった
 Meissnerらは、内科的治療で改善を判断するには少なくとも7日間必要であると考えたが、IA療法後の嘔吐の持続期間は患者によって異なるようであり、IA療法開始後すぐに効果が期待できる患者を選定することは有意義であるかもしれない
 Koikeらは、IA療法開始後3日間に5回以上の噴水状嘔吐があった場合、不成功の可能性があると報告しており、IA療法の効果は治療開始後の早い段階で評価することが可能であると考えられる。
 また、Kawaharaらは0.06 mg/kg/日を6回に分けて使用したのに対し、本報告では0.1 mg/kg/日を8回に分けて使用しており、IAの投与量も異なっていた。この違いは、IA療法の反応性と効果が出るまでの時間の両方に影響を与える可能性がある

 本研究には、患者数が比較的少ないこと、後方視研究であることなど、いくつかの限界があった。IA療法の最も効率的なプロトコールを解明し、IA療法の臨床経過を明らかにするために、さらに大規模な前方視研究が必要であることを示している。

 CONCLUSION >>
 診断時の日齢30未満であることが、IHPS患者におけるIA療法不成功の予測のための危険因子であった。このことは、IHPSに対するIA療法を新生児に行適応する場合に考慮されうるかもしれない。
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以下、所感です。

 少し前の文献ですが、日本からの肥厚性幽門狭窄症(IHPS)に対するアトロピン療法に関する文献です。
 IHPSは生後2~6週程度で発症することが多いですが、この文献では、IHPS児に対し0.1mg/kg/dayを3時間ごとに投与した結果、日齢が若いほど不成功となるリスクが高く、カットオフが日齢30であったと報告しています。

 文献的にはアトロピン療法の奏効率は7-8割ですが、長い場合数カ月に及ぶ治療が必要とされます。反対に、幽門筋切開術(Ramstedt法)は高い奏効率(95%)を誇り、術後早期(18-36時間)に哺乳の再開が可能とされますが、手術創が残り術中操作に伴う合併症のリスクもゼロではありません。
 治療法の選択に当たってはご家族の意向も十分に配慮しながら決定していくことになりますが、医療サイドから内科治療・外科治療それぞれを選択すべきであるというエビデンスは、児の負担やご家族の苦悩を和らげる重要な情報となります。

 調べた範囲では本報告を追従するような前向き研究はまだなさそうですが、今後より広くデータが蓄積されていくことを期待しています。
 また、IHPSは外科的治療を行うとしても、術前に脱水や代謝性アルカローシス・電解質異常の補正など、内科的な管理も重要です。いわゆる外科疾患ですが、内科としても正しく新しい知識を追っていきたいですね。


 *記載内容に関してはあくまでも個人の解釈、意見の範疇ですので参考程度に捉えてください。

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